Dakota-ネクトウ100本展。

2017年7月1日未明。
それはお風呂場で思いついた。
そう、そこはインスピレーションの一番湧く場所。
シャンプーの泡を流したか流さないか分からないぐらい
とりあえず脱衣所に出る。
そこにあるTシャツを2秒で羽織って、水滴を滴らせながら、
リビングに放り投げてあるリュックサックを漁る。
いつものメモに書き留める。
そう、忘れないうちに思いついたアイデアを全部。
で、念のため、テレビを見ているリッキーにも全部言う。
すごい勢いで。
私が忘れても、メモを無くしても大丈夫なように。
いつももう一つのブレインに入れておこうと逐一報告する。

2017年7月2日。
いつもは、急ぎ足で工房に向かうところを、ファミリーマートに寄って
新しいノートを購入する。
そのまま、浅草の喫茶店に入ってコーヒーを注文する。
おばさんが、確認するのも聞かず、一心不乱にノートに書き出す。
昨日のアイデアをさらに詰めていく。
メモは60枚を超している。
一つ一つ詳細も書いていく。

そうやって、このプロジェクトは生まれた。
ネクタイを土で作るってやつ。
言葉でも遊びたい。
そうだ、ネクトウって名付けよう。
で、そのネクトウを100本作ろう。

なぜ100本かって?
それは、自分の才能を証明するのには100本作らなあかんって思ったから。
50本でもなく99本でもなく直感は100本だった。
松田晶子を31年、芸林晶子を7年やっていると直感に少し説得力がわいてくる。
この世に生まれ、離乳食をすすり、排せつを学び、一人で寝られるようになった幼少期。
傷つき、学び、遊び、食べ、悩み、恋した10代。
人を愛し、そして傷つき、とにかく遊び、笑い、そして社会を知って泣いたり、学んだりの20代。
色々考え、人の愛を受け、人に愛を注ぐことを知り30代も後半に入る。
そんな自分が感じる直感なのだから、何かあってのことなんだろう。
だから100本。
100本作る。

最近、なぜ陶芸をやっているのか考える。
世界には、陶芸をやっている人がそれこそ紀元前からいて、そのワンオブゼムの私。
人間国宝がいて、先輩の作品に心打たれ、そんな素敵なヤキモノの世界になぜ自分が身を置いているのか考える。
好きだからだな。
ただ、好きだからだな。
自分は、器用な方でも、センスがある方でもなかった。
今もないのかもしれない。
でも、最近よく思い出す。
先生が、言っていた。
「続けるってのは、才能や。お前には焼き物の才能はないかもしらんけど、
そっちの才能はあるかもしらん。」
20代の輝きに満ちた目で、私は先生に誓ったのだ。
「はい!死ぬ前日まで続けます!」と。

私は、今もその自分の才能を信じている。
人は、自身の才能を発揮する。
いかなる形かはわからないけれど、私はこれができます!と言う。
ならば、私も叫ぼうと思う。
こんな作業を100本するって私、大馬鹿野郎なんです。と。
そんな才能が自分にはありますと。

ネクトウ100本ノック、1月に展示します。
まずは、11月17日から19日まで
工房でお披露目会をします。
不器用な生き方しかできない、100本に込めた思い、
どうぞご高覧下さい。

11月17日 11:00-19:30
11月18日 11:00-19:30
11月19日 11:00-17:00

東京都台東区寿4-6-11
dakota工房にて。
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